筑波から帰ってくる間、何故か上記のタイトルのことについて考えていましたホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
具体的には
「何故生態系は保全しないといけないのか」
「何故人を殺してはいけないのか」
などですホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」中学生くらいにこんなことを話しながら帰った記憶があります(K川K樹と)ホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
何故ってそれは当たり前だからホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
それでは議論にならないので、何故当たり前なのかホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」そう思う根拠について考えてみましたホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
考察1「信仰」
殺人や環境破壊が良くないと考えるのはその人の倫理観が影響しており、それはその人が信仰しているものに準じているからではないでしょうかホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
例えば、隣人を愛せとうたっているキリスト教はある意味環境保全とは反対のことを言っています(ただ、他の記述にガイアを管理せよ的な記述があったはず)ホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」逆に殺人などは断じてしてはいけないことになりますホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
宗教以外でも例えばお母さんが言ったなど絶対的な権限を持つ人が言った場合もこのようになりますホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
このように信仰が人の「当たり前」を作りだし、社会の秩序を守ったり、めんどくさいことを考えなくて済むようにしてくれているのではと考えましたホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
考察2「体験に基づくもの」
前も少し書きましたが、僕が環境問題に関心を持ったのは、実家近くの湧水が急に失くなった為ですホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
また、人を殺してはならないと思うのは親戚で亡くなった方がいたり、友人で両親を亡くしたりしている人がいて、その辛さを感じるからですホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
よく聞くのが
「種が滅びるのは淘汰だからしょうがないホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」人間が強いから生き残るのは適者生存だホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」」
とか
「戦争で人が死ねば、人口の増加に歯止めがかかるホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」」
などですが、これは完全に体験が欠落しており、どこかのボンボンのざれ言にしか聞こえませんホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
もし人間が適者生存で生き残るのであれば、最終的に核爆弾が適者生存で生き残るんではないでしょうか(核爆弾は生物ではないけど)ホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
とにかく、このように人は実体験から「当たり前」を作り出していると考えましたホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
ここまで書いて、あれ?何でこんなん書いたんやろ?と些か戸惑ってますが、せっかく書いたので残しておきます...ホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」
まーなんにせよ、「当たり前について考える癖」っていうのは大切だと思いますホテルマンYoshioの「姉さん、事件です!」考え出すとキリがな